楽しい哉人生は - 2,0882021-06-04 15:48:37

金曜日になりました。今日は朝から雨空です。風も少しあって、ちょっと荒れた天気と言っていいかも知れません。

そんな金曜日の朝ですが、今日も昨日に引き続き朝早くからミーティングでした。聞いていただけのミーティングなのですが、朝早いのと、エグゼクティブレベルのミーティングなので少し緊張しました。

そして、そんなミーティングが終わってすぐに、いつもの散歩に出ました。雨が降っているので傘をさしての散歩です。

あんまり嬉しい散歩ではありませんが、何しろ毎日欠かさずに歩いているので、歩かないわけには行かない気分だったのです。

でも、歩き出して10分もしたら履いていたズボンがびっしょりと濡れて来ました。そして、30分も歩くとすっかりズボンはずぶ濡れ。脚にまとわりついて気持ち悪くなりましたが、帰るにしてもまた30分は歩かなくてはなりません。

雨あしもだいぶ強くなってきたし、風は吹いているし、ズボンはずぶ濡れだし、今日はやむを得ず30分ほど歩いて帰ることにしました。

今日はそんな訳でだいぶ不満でしたが、小一時間ほど歩いて帰りましたが、家に戻った時にはズボンはびしょ濡れだし、着ていたシャツも濡れていたし、だいぶ不快感の残った散歩になりました。おまけに帰宅するとなんだか頭痛はしてくるし、ちょっと散々でしたね。

さて、最近いろいろ悩んでいることはここでも書きましたが、散歩の途中でこんな言葉に巡りあいました。とあるお寺の入り口に掲示されたいたものです。

果たして自分は自身の心に嘘をついていないだろうか?時々そんな事を思ったりするのですが、この言葉、一見するととても心が楽になる言葉ですが、でも考えようによっては、自分の置かれた今の状況から逃げる口実にもなり得る言葉だと思うのです。

だから、何か逃げたくなるような状況に置かれた時の逃げ口実にならないように、慎重に考える必要のある言葉だと思うのですね。

この苦しい状況、嫌な仕事をやめてしまって、もっと自分らしい仕事に就きたいとか思っても、現実問題生活のこととか、今の経済情勢とか、雇用状況とか、考えることは多々あるし、本当に今の仕事から逃げたいのか、それとも実は今の仕事自体が自分には合っているんじゃないだろうかとか、やっぱり悩むと思います。

では、なぜこのような言葉をお寺が掲載するのでしょうか?この言葉にはもっと何か奥深いものが含まれているんじゃないだろうか?そんなことも考えてみました。

少なくとも安易な考えで自分に正直になりたいと言って、今の状況から逃避する事だけはしないようにしたいと思いますね。

そして、大事なのは素直になることなんじゃないかと思いました。