宗教音楽 ― 2006-09-17 15:05:07
あれはいつ頃の事だったろう? その年はちょうどモーツァルトの没後200年で、世の中はかなりのモーツァルトブームだった。テレビでも時々モーツァルトの番組を編集して流していたように思う。 僕にとっては、その翌年の早いうちに母を亡くす事になったため、その年は重苦しく辛い年でもあった。
そんな中、よく宗教音楽を聴いていたように思う。かのモーツァルトのレクイエムもそうだったし、その他にもペルゴレージやフォーレなんかを良く聴いていた。そしてその美しさに感動をしていたように思う。
モーツァルト年の暮れにはレクイエムを聴いて過ごしていたようにも思う。 まるで翌年来る悲しみを予期しているかのように。
今日久しぶりにペルゴレージとフォーレを聴いた。 僕は無宗教なのだけど、悲しみに暮れる聖母マリアのこの曲(スターバトマーテル)には何か心惹かれるものがある。曲そのものが持つ魅力だろうか?それとも作曲者が26歳と言う若さで無くなる直前に書いた曲だからだろうか?久しぶりに聴いたこの曲を2つのCDで聴いてみた。 一つはカウンターテナーが流行った頃に出て来たCDで、アルトのパートをカウンターテナーが歌ったもの。もう一つはこの曲の最高のCDと思っているCaudio Abbado指揮のCD。やっぱりいつ聴いても良いなぁ。。。 一方のフォーレは、世にこの曲の熱狂的なマニアがいると言われる有名曲。もちろん僕も大好きな曲だが、いわゆるフォーレおたくではない事だけは付け加えておこう。 Emmanuel Krivine指揮のCDだ。この曲のCDはいくつか持っているが気に入ったものの一つでもある。
やっぱり音楽は良いなぁ。ただ急にこうした宗教曲が聴きたくなったのがなぜなのかが少し気になる所だ。 僕が一時期夢中になって聴いていたモーツァルト没後200年に向けた世の中の盛り上がっている様子と、それにともなう悲しく辛い思い出が、こうした曲を聴くとふっと心に浮かび上がってくるから。
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